「印鑑を押す(捺す)」という意味で、一般的によく使われている「捺印(なついん)」。それとは別に「押印(おういん)」という言葉もありますよね。この2つはどちらも同じ意味なのでしょうか? 例えばTPOに応じて使い分けるといった基準があるのでしょうか。
そこでこの記事は、「捺印」と「押印」の違いについて詳しく紹介します。
言葉の誕生は「押印」よりも「捺印」が先
日常生活においては、「押印」よりも「捺印」の方が一般的に使われているように思えます。逆に法令を見ると「押印」の文字が散見されます。一体どのような違いがあるのでしょう。
「大辞泉」(小学館刊)で両者の言葉の意味を調べてみると、
・捺印…印判をおすこと。また、おした印影。押印。(例)「契約書に捺印する」
・押印…印を押すこと。捺印。(例)「署名して押印する」
どちらも同じ意味ですが、大辞泉で興味深い記述を見つけました。「押印」の説明欄に補説として、「当用漢字の制定などにより、捺印に代わって用いられるようになった語」とあります。
「当用漢字」とは、国語審議会の答申に基づいて1946年、国が告示した「当用漢字表」に掲げられた1,850字の漢字のことです。
文化庁によると当用漢字表は、「今日の国民生活の上で、漢字の制限にあまり無理がなく行われることを目安として選んだもの」としています。当時、使用頻度の高かった漢字を中心に構成され、学校教育や新聞、雑誌などを通じて普及しました。当用漢字の一例として「中」、「兄」、「夏」、「岩」、「強」、「建」などがあります。
この当用漢字の使用方法について、「漢字で書き表せない場合は別の言葉に変えるか、かな表記にする」という決まりがありました。
大辞泉には「(押印は)捺印に代わって用いられるようになった語」と記載されています。つまり、「捺印」は以前から単語として存在していたが、「捺」が当用漢字に含まれなかったため、「なつ印」と書くか、それに代わる単語を新しく作る必要があった。そこで捺印とは別の言葉として「押印」が生まれた……と読み取ることができます。
ちなみに、「押捺(おうなつ)」という言葉もありますが、これは親指に朱肉や墨を付けて押す拇印(ぼいん)のことを指すのが一般的です。
※当用漢字表は後に、「当用漢字別表」、「当用漢字改定音訓表」など段階的に改定されましたが、1981年、それらに代わるものとして、当用漢字に95字を追加した「常用漢字表」が公布されました。これは当用漢字を基にしつつ、「現代の国語を書き表す場合の漢字使用の目安」として掲げたものです。こうして常用漢字の誕生に伴い、当用漢字は廃止されました。
署名捺印と記名捺印の違いは?
ところで、契約書や申請書などの書類で「署名捺印(押印)」と「記名捺印(押印)」という言葉を見かけます。一見同じ意味のように思えますが、実は法的に見ると意味合いが異なります。それぞれの違いについて、以下にまとめました。
・署名捺印(押印)…手書きで自分の氏名を記して、印を押すこと。「署名」の定義とは「本人が自ら手書きしたもの」で、サインとも呼ばれる。
・記名捺印(押印)…手書き以外の方法で自分の氏名を記載して(記名)、印を押すこと。あらかじめパソコンやワープロで氏名を入力して文書を印刷したものや、ゴム印で押したものなどは「記名」にあたる。また、記名は本人から権限を授けられた他人でも有効で、例えば自分の夫や妻(配偶者)、秘書や部下が自分の代わりに代筆したもの、氏名を記載したものは記名扱いとなる。
「署名」は手書きで自分の氏名を記すため、文書に対して高い証拠能力を持っています。そのため、捺印(押印)が無くても効力はありますが、印鑑を押すのが通例となっています。
一方、「記名」は捺印(押印)をしなければ署名の代用としての効力が認められません。記名の末尾にその人の印が押してある場合に限って、署名と同等に取り扱われます。
このようにどちらも理屈では同じ意味ですが、法的の視点で見た場合、文書を裏付ける証拠能力としては「署名捺印(押印)」の方が上ということです。
署名捺印は、不動産や会社法人の登記など、印鑑証明書が必要とされる重要な契約時で求められます。一方、記名捺印の場合は見積書や請求書などで、署名捺印ほど重要ではない手続きで使われることが一般的です。
「捺印」と「押印」は意味としては同じ
ここまで、「捺印」と「押印」の違いについて詳しく紹介しました。
捺印も押印も「印鑑を押す(捺す)」という意味では同じですが、言葉としての誕生は「捺印」が先です。1946年、政府が公示した「当用漢字表」をきっかけに「押印」が新たに作られた、と見られます。日常での会話の場合は「捺印」を、文言として書類などに記載する場合は「押印」を使うことが多いようです。
また、書類の手続きなどで見かける「署名捺印(押印)」と「記名捺印(押印)」は、どちらも意味合いは同じですが、法的に見ると、裏付ける証拠能力は「署名捺印(押印)」の方が上です。署名は「本人が手書き(自署)したもの」、記名は「手書き以外の方法で自分の氏名を記載したもの」と大きく意味が違うからです。
記名捺印で手続きをする場合、「印を押す」ことが重要なポイントになります。押したときに印影がかすれたりしないよう、フチが欠けにくい耐久性のある印鑑を用意しておきましょう。